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シリーズ十勝に生きる 大空の人々6 蝶ネクタイの先生

北海道新聞 平成11年10月28日

患者の痛み和らげたい

「患者はみんな痛みや悩みを抱えて来ます。検査結果に異常がなくてもどうすれば苦痛を和らげられるか考えるのが私のつとめです」

大空で唯一の内科医院「満岡内科・循環器クリニック」(3丁目)の満岡孝雄院長(50)は笑顔で答える。

今年6月、同地で開業していた佐々木武司さん(62)から医院を引き継いだ。

長崎県の出身。北大医学部を卒業後、長崎大学医学部で講師に。「学生時代から好きだった北海道で、現場に立ちたかった」と1991年から6年余り大樹町立病院院長として勤務した。

「子供に警戒心を与えるから」と医師のシンボルの白衣は着ない。白のフイシャツに蝶(ちょう)ネクタイという医者らしからぬスマートな姿で診察室に現れる。

「ネクタイを着けるのは患者への敬意。普通のネクタイは診察のじゃまになることがあるから」。患者の一人がイタリア旅行のお土産にと、フィレンツェの蝶ネクタイをプレゼントしてくれた。

97年夏、同窓会のゴルフ大会で、後継者探しをしていた前院長の佐々木さんと偶然同じパーティーになったことが、大空に来るきっかけだった。

ちょうど納得いく医療を目指し開業の準備を始めていたところに、後継の誘いを受け「考えないこともない、と言ったが、内心とても魅力的だと思ったんだ」。

98年、佐々木さんの医院に入り、引き継ぎに向けた準備を始めた。五十歳を超えてからの遅い開業。「佐々木先生の跡を継げたことで、資金的、心理的負担が軽く恵まれていた」と語る。

佐々木さんは70年に大空に開業し、内科・小児科医院として地域医療を支えてきた。真夜中の急病で往診したり、インフルエンザが流行した時は一日で300人近い患者を診察したこともあった。

「60歳定年を目指したけどちょっと遅れまして。自分も含め移ってきた人は三十代の人が多く、まちづくりに意欲的でした」と自治会活動などにかかわったころを振り返る。

患者の六割を占めていた小児科は最近、子供たちが少なくなり、三割まで低下した。「大空の子供は自分の子にも思える」という佐々木さんにとって、団地の高齢化はちょっと寂しい。引退後も医院三階の住宅で暮らしているが「医師それぞれのやり方があるから」と、診療には一切関わらない。

満岡さんは医院を引き継いだ後、待合室などを改装し、壁を明るくして絵も置いた。「聞こえるかどうかの耳障りにならないような音量が大切」とBGMにも気を使い患者本位の環境づくりを徹底する。

地元のほか、専門とする不整脈関係の患者が池田や大樹からも来る。

「医院は地域文化を支える役割もある。地域医療に加え専門分野では最先端の医療を提供したい」と意欲的に医院を運営する。

「大空での開業は医者としての最後の選択。65歳までは頑張りますよ」

理想の医療を追い求める硬骨漢は、しっかりと大空に根を下ろした。

>> 北海道新聞

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