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開業後の歩み

平成9年(1997年)

12月 大樹町立国民健康保険病院を退職。
6年数か月病院長として、危機的状況にあった病院の再建に取り組む。多くの患者さんから「病院はきれいになって良くなった」との評価を得る。毎年医業収益ものび、病院運営も軌道にのる。50歳を前に、医師として長年夢みてきた開業にむけ、気力と体力が残っている今が最後のチャンスと、一歩を踏み出すことを決意。

平成10年(1998年)

1月帯広の大空団地にある、医療法人社団・佐々木内科小児科医院において、院長として開業の準備にはいる。理事長の佐々木武司先生は北大の先輩で、不思議なご縁でご一緒に仕事をさせていただくことになる。

国立療養所帯広病院で不整脈専門外来を開設し、週一回担当するようになる。心臓電気生理学的検査も同院にてはじめる。

8月米国心臓病学会正会員(Fellow of the American College of Cardiology)に推挙。世界で通用する循環器専門医のタイトルを得たことを名誉に思う。

平成11年(1999年)

3月米国心臓病学会正会員の認証式出席のため、約10年ぶりに渡米。恩師の Prof. Dreifus や Dr. Sutton、旧同僚の Prof. Pelleg などに祝福をうけ、旧交をあたためる。

6月佐々木武司先生のご引退に伴い、佐々木内科小児科医院を後継し、満岡内科・循環器クリニックを開業。医薬分業、院内禁煙、BGM をながす、などを実施。

開業のかたわら、国立療養所帯広病院での不整脈専門外来を継続。十勝ではじめてのカテーテル・アブレーションを同院で実施。

平成12年(2000年)

6月クリニックを法人化し、名称を「医療法人社団 満岡内科・循環器クリニック」に変更。日本の医療状況が厳しくなる中、患者さんに信頼される良質の医療提供をめざす

8月Who's Who in America, Medicine and Healthcare(米国紳士録、医療関係)のミレニアム版が出版。私のプロフィールが載録。医師としての今までの歩みが評価されたものと感謝。

平成13年(2001年)

2月米国で開催された米国心臓病学会・研修セミナーに参加。会場のホテルに1週間缶詰めになり、心臓病学に関する最新の知識を学ぶ。

8月米国脈管学会正会員(Fellow of the American College of Angiology)に選ばれる。

平成14年(2002年)

3月日本メドトロニック(株)主催で、不整脈講演会を北海道ホテルにて開く。講師は国立循環器センター内科 栗田隆志先生で、演題は「不整脈と突然死」。座長は私がつとめる。

翌日、引き続いて市民公開講座 ー心臓ペースメーカーと上手につきあっていくためにー をとかちプラザ・レインボーホールにて開催。きむら内科循環器クリニック院長の木村謙一先生が「ペースメーカーと私 / 医師として患者として」、日本メドトロニック(株)開発部の豊島健先生が「日常生活における電磁障害」と題してそれぞれ講演される。座長は私が担当する。

4月診療報酬の値下げ、投薬日数の制限撤廃、後発薬剤への行政誘導などがなされる。

6月Who's Who in the World(世界紳士録)の19版(2002年)に個人プロフィールが載録。

7月欧州心臓病学会正会員(Fellow of the European Society of Cardiology)に推挙。米国心臓病学会と並ぶ、世界の代表的な心臓病学会から循環器専門医として認められたことを名誉に思う。

8月欧州心臓病学会正会員の認証式に出席するためにベルリンに行く。英国留学時代の恩師、Dr. Sutton に祝福を受ける

9月老人の窓口負担が増額され1割負担となる。場当たり的な医療保険改悪が次々となされる。受診抑制、重症化後の来院、重症患者の長期投薬希望、などが当院でも散見される。「あなたの健康を国は守ってくれないよ。医学的に必要なことは最小限やって行きましょう」と、患者さんに毎日話している。

9月国立療養所帯広病院において道東で初めての除細動器(ICD)植込術が行われる。

12月国立療養所帯広病院での週1回の不整脈専門外来を担当して丸5年が過ぎる。心臓電気生理学的検査、カテーテル・アブレーションなどのほかに、ICD 植込、心不全に対する両室ペーシングなどの最先端の医療が提供できるようになってきた。

平成15年(2003年)

4月サラリーマンの窓口負担が3割となる。
開業以来、火曜日の夜間診療を続けてきたが、最近は夜の受診者が多くなっている。不況で労働条件が厳しくなり、昼間の通院が困難なためか。

7月十勝不整脈研究会を改称し、第7回帯広不整脈研究会を開催する。恩師の長崎大学名誉教授 橋場邦武先生に講師をお願いし、演題は「心房細動治療の最近の動向」であった。

10月留学中の二人の恩師、英国の Richard Sutton 教授と米国の Leonard S. Dreifus 教授が、学会の海外招待講演者として来日され 旧交を暖める。

平成16年(2004年)

医療の状況はますます厳しくなるも、患者さんの信頼を得て昨年も順調に運営。

4月初診料が引き上げられる
卒後臨床研修制度が導入され、多くの卒業生が都市の病院を研修の場として選択する。

国立帯広病院での不整脈診療も8年目を迎える。国立療養所帯広病院は国立十勝療養所と合併し、独立行政法人 国立病院機構 帯広病院(国立帯広病院と略す)として新たに発足。増改築により循環器内科の病床は50床に増え、循環器内科医も4名となる。

重症心不全に対する両室ペースメーカー植込術の指定医療機関に国立帯広病院がなる。道内は2医療機関で、他は札幌医科大学病院。

6月岡山大学教授・大江透先生を講師にお招きし、第8回帯広不整脈研究会を開催。

10月自治体の助成制度が縮小され、 65歳の高齢者は1割から3割の窓口負担に、障害者・母子家庭・乳幼児の一部も1割負担となる。

平成17年(2005年)

開業して約5年半が経過。医療の状況は年を追う毎に厳しくなる。

9月当院で3日間、北大医学部1年生が早期臨床実習を行なう。
開業しながら何を考え、何を目標に医療に従事しているかを、次世代の医療を担う彼らに伝えたいと思い、十数年ぶりに学生に接する。医学部教育や卒後研修は、今が過渡期だと思われるが、良い臨床医が育つような教育体制が早く確立されることを願う。

10月ベニスで行われた「国際不整脈ワ−クショップ」に参加。
世界中から不整脈の大家が集まり、充実した意義ある時を過ごす。

国立帯広病院での不整脈診療も8年目を迎える。道東の不整脈治療センターを夢見て、ゆっくりながらも確実な歩みを続けていきたい。

平成18年(2006年)

開業して約6年7カ月が経過。医療の状況は毎年のように厳しさを増す。学問に則した良識的な診療を心がけ、患者さんの理解も得て、クリニックの運営はお陰様で順調。

診療報酬改定が行われ、初診料、管理料、情報提供料などの引き下げで、診療所は平均約8パーセントの収入減。医療費抑制だけを意図する展望のない医療制度改革は、医療だけではなく、人の心までも窮屈にしていくように思える。理にかなった唯一の改定は、禁煙パッチの保険適用。

7月禁煙外来を開始。
半年で20名ほどの患者さんが禁煙を試み、成功率は80パーセント。

9月バルセロナで開催された世界心臓病学会に出席。恩師のSutton教授と旧交をあたためる。
日本心臓病学会特別正会員(FJCC)に認証。米国、欧州の各心臓病学会のフェローにはすでになっていたが、自国の学会でも認められたことを嬉しく思う。

国立帯広病院での不整脈診療も9年目を迎える。
今ではカテーテル・アブレーション、両室ペーシング、除細動器植え込みなどを行う不整脈センターとしての力をつける。

平成19年(2007年)

開業して約7年7カ月が経過。北海道の地方自治体病院は赤字という理由で、縮小し診療所となるよう国から圧力を受ける。
春からは肥満者を対象に特定検診・指導が始まり、肥満者は国から痩せるように指導を受けることになる。一方では、肥満よりさらに医療費の増大に関係している喫煙の問題には、一昨年禁煙外来を保険適用にしただけで、それ以上の積極的な取り組みをなぜか国はみせない。

日本抗加齢(アンチ・エイジング)医学会専門医の資格を取得。
専門の不整脈・心臓病診療に加え、究極の予防医学といわれるアンチ・エイジング診療にも今年からは力を入れていきたいと思う。

国立帯広病院での不整脈診療も10年目を迎える。高度の不整脈治療ができるようになる。今後は十勝だけでなく道東にも診療圏を拡げ、道東不整脈治療センターとして発展していくことを願う。

平成20年(2008年)

開業して約8年7カ月が経過。北海道の過疎地の医療状況はますます深刻化しているように思われる。道東の大きな市でも循環器内科の専門医療を受けられる病院が一ヶ所となり、市民の要望に応えられない状況がすでに始まっている。

4月診療報酬改定。改定ごとに悪化しているように見受けらる。後期高齢者医療制度が発足。年齢による差別としか私の目には映らない。肥満者を対象にした特定健診は、国から貴方は肥満と指摘されても、減量を実践するのは、現代社会ではなかなか難しいように思われる。

国立帯広病院での不整脈外来はすでに11年目を迎える。私の出番もそろそろなくなってきたと思う。しばらくは月に1回の診療を継続する一方、今後は自分のアンチ・エイジングを兼ねながら、十勝に新しい医学であるアンチ・エイジング医療の種を蒔き、新しい風を吹き込みたいと思う。

11月アンチ・エイジング(抗加齢)ドックを当院で開始。
「歳をとらない歳のとり方」を目標に、高齢になっても元気で自立した生活ができるように、アンチ・エイジング医学の普及に力を注いでいきたい。

平成21年(2009年)

開業して約10年が経過。新型インフルエンザの流行で、末端の医療機関として振り回される。秋の流行時には7時から9時までの夜間当番診療が、深夜に及ぶ。

2008年11月から始めたアンチ・エイジング・ドックは1年間で約30名の受診があり、遠くは釧路や富良野からも受診者があり、関心が高いことを感じた。ドックの結果をもとに、生活指導、サプリメント、ホルモン補充などのアンチ・エイジング療法を行ない、体調不良の方々が元気になられていく姿を見て、有効な治療法であると実感。

地元の十勝毎日新聞社が主催する勝毎アカデミーで、一般市民を対象にアンチ・エイジング医学の講義を毎月行なう。

国立帯広病院の不整脈外来は、12年目を迎える。帯広に不整脈診療の拠点をつくりたいという思いで始めたが、それも若い先生方の力で達成されたと思う。

平成22年(2010年)

開業して11年目に入る。

1月日本抗加齢医学会認定施設となる。
約2年間アンチエイジングドックを行い、約70名の方が受診。栄養の偏り、運動あるいは睡眠不足のために、不健康な状態に陥り、充実した毎日を送れない人が多くおられるということを感じた。アンチエイジング医療を通して、これらの方が元気になっていかれるのを見て、その効果を実感。

4月 診療報酬改定。プラス改定との事前の報道に反して、クリニックにとっては、再診料引き下げ、などがあり収入減 。不況の影響か、日中に受診できない人が休日夜間当番時に受診する傾向が目立つ。中には、検査や投薬に費用がかからないようにと注文をつける人まで出てくる。

国立病院機構 帯広病院での不整脈外来は、13年目を迎える。標準的な不整脈治療は常勤の先生方で充分なされているので、今は月1回、外来を担当 。

平成23年(2011年)

開業して約11年と7カ月が経過。東日本大震災に被災して帯広に一時避難して来られた家族が来院。思わず「大変でしたね」と声をかける、「ありがとうございます」と、母親は静かに頭を下げ、二人の幼い子供は騒ぎもせず耐えるようにじっとしている。1日も早くこの家族が元の生活にもどれるように願う。

5月日本抗加齢医学会のシンポジウム「アンチエイジングドックの最前線」で、当院のこの数年の取り組みを発表。病気の予防あるいは最適な健康の維持に、アンチエイジング医療は有用であると実感。

国立病院機構帯広病院での不整脈外来は14年目に。月に一回外来を担当、昨年カテ・ラボが新しくなり、アブレーションをはじめ、不整脈治療もさらに充実。

平成24年(2012年)

開業して約12年と7カ月が経過。日本不整脈学会は専門医認定制度を発足し、審査試験の結果、全国で430人の不整脈専門医を認定。道内では約10人が認定され、十勝では私と国立帯広病院で一緒に不整脈診療を立ち上げてきた尾畑医師が認定。同時に学会は、不整脈専門医研修施設を発足し、道内では10施設を認定し、道東では帯広病院と釧路の病院が認定。

 

2月米国メイヨー・クリニックの不整脈セミナーに参加し、リフレッシュ。しばらく毎年参加して刺激を受けてきたいと思う。

日本抗加齢医学会の評議員に選ばれた。

6月日本抗加齢医学会総会時の国際セッションで、開設して5年になるアンチエイジングドックについて「The present situation of anti-aging medical check-up and treatment in a Japanese local clinic」と題し、30分の講演を行う。

8月世話人として日本抗加齢医学会の臨床部会を然別湖畔で開催。
全国からアンチエイジング医療を実践する43名が集まり、1泊2日という短い時間ではあったが、熱い議論を交わせた。健康寿命を延ばすということは勿論だが、半健康人が活力ある健康をとり戻すためにも、アンチエイジング医療は有用と考え、勉強を続ける。

帯広病院で不整脈専門外来を開いて15年目。「十勝に不整脈診療施設を!」の当初の目的は達せられたように思う。

平成25年(2013年)

開業して今年で15周年を迎える。

2月1月末から2月初めにかけ1週間、米国メイヨー・クリニックの不整脈セミナーに参加し、update の知識を得てきた。

4月 不整脈専門医の認定証が日本不整脈心電学会から送られてきた。また、8月には日本心電学会主催の「ガイドラインに基づいた心房細動の薬物治療」公開セミナーが帯広で開催され、そのお世話をさせていただいた。

15年間不整脈外来を続けている国立帯広病院で、この数年準備してきた心房細動のカテーテル・アブレーションを昨年より始めた。これで不整脈に対するカテーテルおよびディバイス(PM、ICD、CRT-P、CRT-D)治療の全てができるようになった。当初の目標であった道東の不整脈治療センターは、これでほぼ達成されたと考えている。

7月神戸六甲ホテルにて開かれた日本抗加齢医学会の開業医夏合宿に参加し、充実した時間を過ごした。

更年期と加齢のヘルスケアおよび日本サプリメント、両学会の北海道支部を立ち上げ、今年は3回、札幌で勉強会を開催した。11月に開催された同学会学術集会では、「男性更年期障害」について話をし、ベスト・ラウンド・テーブル賞をいただいた。

日本の保険医療制度が行き詰まりを見せる中、「自分の健康は自分で守る」ための予防医学の知識と実践が必要。このために必要な情報を発信し続けたいと思っている。

平成26年(2014年)

開業して16年が経つ。

7月19日〜21日(2泊3日)に更年期と加齢のヘルスケア学会および日本サプリメント学会主催の「サマー・セミナーin北海道然別湖」を、然別湖ホテル風水で開催した。両学会の北海道支部がお世話し、集会長として約半年間、その準備に追われた。30数名が参加し、充実した時間を持つことができた。

7月26日〜27日、広島・宮島でひらかれた第5回抗加齢医学夏合宿に参加した。アンチ・エイジング医療の第一線で頑張っている開業医の先生方と交流を深め、また互いの臨床経験を報告しあって勉強した。

究極の予防医学であるアンチエイジング医学を勉強しはじめて、今年で10年目になる。

専門の不整脈は帯広で年2回不整脈研究会をお世話し、国立帯広病院でも月に1回、専門外来を続けている。

平成27年(2015年)

開業して約17年が経つ。

3月初めに1週間、米国西海岸に出かけた。目的は、米国の先進地域(シスコ、スタンフォード大学、ロスのビバリーヒルズ)における食とサプリメントに関する最近のトレンドと、アナハイムで開催された世界最大の自然食品博覧会の「Natural Products Expo West 2015」を見聞することであった。

「sustainability」という言葉をよく目にした。温室効果ガス問題を契機に、「環境、社会、経済の3つの視点からこの世の中を持続可能にし、次世代に引き継ぐ」ことが市民レベルでも真剣に考えられているようだ。

食については、有機栽培で作られた作物(「organic」)や放牧で育てられた牛肉や鶏肉を摂る、遺伝子組み換え作物は避ける、食物アレルギー(即時型および遅延型)の回避、などの意識が印象的であった。また、サプリはスーパーの棚にずらりと並び、高い健康志向を感じた。

究極の予防医学であるアンチエイジング・ドックおよび医療を始めて11年目になった。忙しい現代社会ではできあいの食事で間に合わせることが多く、あらゆる世代で栄養不足が指摘されている。体調不良が病気のためではなく、栄養不足によることも少なくない。不足している栄養素を医学的に調べ、サプリで補うことで、体調不良も改善していくことを実感している。

4月からクリニックで無料の「更年期女性の健康相談室」を開設した。管理栄養士・抗加齢医学指導士とメノポーズカウンセラー・サプリメントアドバイザーの2人で相談にのっている。

12月で国立帯広病院での不整脈専門外来を終了した。17年間続けたが、十勝に不整脈治療センターを構築できたことは大きな前進だったと思っている。

平成28年(2016年)

開業して約18年が経つ。

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